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【激論】海外に語学留学するなら都会?それとも田舎?

 

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【目次】

 

 

 

プロローグ

梅雨明け目前の週末、東京某所。

会社の人間を集めて親睦を深めるべく、最寄りの駅前にある雑居ビルの屋上ビアガーデンへ行くことになった。

 

明け方から降り続いた雨は昼過ぎに上がり、ねっとりと湿度をまとった空気ではあるが、ビアガーデンでビールを飲むには暑すぎず寒すぎず程よい気温。

予約の時間は19時。

メンバーも全員集まり時間ピッタリに宴は始まった。

 

 

メンバーは7人で、女性2人に男性5人という構図。

同じ会社ながらほとんどがお互いに「初めまして」という関係だ。

というのも、会社のワンフロアには6~70人が働いており、担当業務も違えば部署もそれぞれ違う。同じチーム、もしくは同じ業務でなければ、まずもって話をする機会などない。そういった意味でも今日の親睦会は貴重だ。

 

 

お互い廊下で顔を合わすことはあるものの、相手の名前や担当業務などまったく情報がない。幹事役の男性が仕切り、全員の名前と担当業務を発表する自己紹介がスタートした。その中で2人の男性が、翻訳関係の業務に携わっていることを知った。

しかも2人はどちらも海外での生活が長かったという。

 

一人はアメリカ・サンディエゴ出身の32歳。

両親ともに日本人(日本生まれ⇒アメリカ移住)だが、彼自身は生まれも育ちもアメリカであり、アメリカと日本両方の国籍を持っているという二重国籍はかなりグレーだと本人は言っていたが)。28年間アメリカで生活をしていたが、家庭の事情により両親と兄弟をアメリカに残し、単身日本に移り住んで来たらしい。

 

もう一人はオーストラリア滞在経験者の28歳。

小学生までを日本で過ごし、その後、父親の仕事の都合でオーストラリアへ移住。

16年間オーストラリア(の何処か田舎)で暮らしていたが、物価の高いオーストラリアでの生活苦と、数年前に帰国していた両親から「いつまで一人でそっち(オーストラリア)にいるの?」という言葉に帰国を決意したのだとか。

 

その他にも留学経験のある男性と女性が1人ずつおり、宴の盛り上がりと共に話題は海外留学の話へと進んでいった。

 

そこで突如勃発したのが、『語学留学するなら都会と田舎どっち?問題』だ。

 

都会派を主張するサンディエゴ出身32歳に対し、田舎派を主張するオーストラリア滞在経験28歳という対決の構図だった。

 

 

サンディエガンの主張

(サンディエゴ生まれの人を「サンディエガン」と呼ぶのだそうだ。それはどうでもいいが…)

アメリカ・サンディエゴといえば、西海岸でも有数の観光地。

「ロサンゼルスほど大都会ではないよ(byサンディエガン)」と言うものの、人口は約130万人とアメリカでも8番目に大きな街だ。

 

そんなサンディエゴで生まれ育った彼曰く、「都市部には国内外から多くの人が集まってくるため、より多くの人と話す機会を持つことができる」という。学校でも街でも出会いは多く、自分が望みさえすれば色んな人とのコミュニケーションが可能。

そもそも英語というのは言語でありコミュニケーションツールなのだから、実生活で使用することでドンドンと身に付いていくものだ。語学留学して英語を学びたいのであれば、勉強も重要だがより多くの人と会話しコミュニケーションを取ることが重要だと彼は言った。

 

「語学留学するなら人の多く集まる都会へ」これがサンディエガンの主張だ。

 

 

 

オージーの反論

(オージー:オーストラリア、またはオーストラリア人。彼は血も国籍も日本だが…)

オーストラリアの田舎町で16年を過ごした彼は、このサンディエガンの主張に少々懐疑的だった。それは都市部特有の人の集まり方に問題があるという。

確かに都市部には多くの人が集まっているが、生粋の現地住民以外にも多くの外国人が混じっているのが問題だとオージーは指摘した。

 

日本の東京がそうであるように、都市部には海外からも多くの人が集まっており、コミュニケーションを取る機会には事欠かないかもしれない。しかし日本語が話せるからといって、生粋の日本人ではない外国人同士が日本語で会話したところで、それは本場の日本語(訛りや文法の間違いが無い言葉)を学んでいることにはならない可能性がある。

 

また語学留学の際には、多くの人が現地の語学学校へ入学する。そういった学校は語学を学びに世界各国から人が集まってくる場所であるが故に、本場の英語を話せる人がさらに少ないという。

 

「わざわざ本場の英語を習得しに現地へ行っても、本場の英語を話せない人とばかり会話していては意味がない」というのがオージーの反論だった。

 

 

 

オージーの主張

一方、オージーの主張はサンディエガンとは真反対である。それは「田舎町へ語学留学(ホームステイ)した方が本場の英語を学べる」というものだ。

 

都市部への留学と比べ、田舎町への留学はあまり人気がないという。また遊ぶ場所が少なかったり、家と家がかなり離れていたりすることから、下手な英語を話す他国の留学生との交流も少なく、悪影響を受ける可能性が少ないというのだ。

 

「中途半端な英語を話す奴と一緒にいるより、ホストファミリーとずっと話していた方が、よっぽど早く確実に本場の英語を習得できる」というのがオージーの主張である。

 

 

 

サンディエガンの反論

オージーの主張に対し、サンディエガンも黙ってはいなかった。

それは『訛り』の問題である。

 

日本各地でも日本語の訛りが多種多様であるように、例えばアメリカに英語を学びに行ったとしても、行った土地によって独自の訛りがあるのだという。

多くの人は将来的にビジネスなどで利用することを目的として、標準語としての英語を学びに行っているつもりだろうが、知らない間にその土地独特の訛りやイントネーションを身に付けてしまう可能性があるのだ。

 

日本語に当てはめてみると、「Why?」を「なんでやねん?」と覚えてしまうといったところだろうか。確かにビジネスシーンでは多少問題がありそうだ…。

 

 

 

激論のまとめ

都会派のメリット

  • 多くの人とコミュニケーションが取れるチャンスがある
  • 会話の機会が多くなることで英語の使用頻度が増える

都会派のデメリット

  • 本場の英語を話せないカタコトの人も多い
  • 間違った英語を覚えてしまう可能性もある

 

田舎派のメリット

  • 間違った英語やカタコトで話す人が少ない
  • 少ない人数ながら密なコミュニケーションで本場の英語が身に付きやすい

田舎派のデメリット

  • 訛った英語を身に付けてしまう可能性がある

 

 

私は語学留学の経験がなく、この話に甲乙つけられなかった。

実際にビアガーデンの場でも、どちらか一方に軍配が上がることはなかった。

 

しかし実際問題として『どのような英語を身に付けるか』というのは、語学留学する本人の意思に左右される部分が大きいと思う。

例えばよく耳にする話としては、せっかく留学までしておきながらずっと日本人同士でくっついて行動していたため、全然英語が話せるようにならなかったという最悪なパターンだ。

 

能動的になれば、本場の英語を話す人だけを厳選してコミュニケーションを取ることは不可能ではないだろう。その点に関しては、『都会・田舎』はそれほど気にしなくて良いのかも知れない。

 

後は『どのような環境で英語を学びたいか』ということだろう。

多くの人が行きかう都会でカッコよく生活しながら勉強するのか、のんびりとした時間の流れる田舎町でほのぼの勉強するのか。

もはや『英語を身に付けるという本質』からは外れてしまっているが、東京の水が合わない地方出身者がいるように、環境によってはそもそもの生活が立ち行かなくなる場合もある。そういった視点では、『語学留学するなら都会と田舎どっち?問題』はしっかりと考えるべき問題なのかもしれない。